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日々の生活絵図鑑 real illustration

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2017.10.15 Sun 他人の絵を見て意見をいうこと

昨日はTIS(東京イラストレーターズ・ソサエティ)のイベントで
同じTISの会員の上杉忠弘さん、塩川いづみさんと共に
若い人達の作品を見てアドバイスをするという機会を得た。

絵を見て欲しいと参加して来た20人くらいのイラストレーター駆け出しの人達は
すでに一様に絵が上手い。すでに仕事ができるだろうというようなレベルの人も多い。
それなのにほとんどの人が、自分がどういう絵、方向で行ったらいいかを悩んでいる。
いく種類ものタイプの絵を持ってくる人も多い。外国人が2人いたのも時代を感じる。
こちらは3人で1人づつ色々アドバイスをする訳だけど、
必ずしもそれぞれに言われた事が正しいとも限らない。
僕らは僕らが発見してきた中で、こう思うという事しか言ってあげられない。

自分も若い時はそうだったので分からなくもないけど、
結局絵を描いてきて分かったことは、他人は色々言ってくれるけど、
結局はその人の解決策でしか無く、最終的には自分で選択して決めて行くしかないのだ。
人生で自分が選択した事の連続が今の自分であるように、
迷いながら、試しながら、時には失敗しながら
ジグソーパズルでピタリと違和感がないピースを探して、ピースを決めて行くように。
絵が見えてくるまでには時間もとてもかかる。

絵には答えはない。自分で発見していく事しかない。
何かを発見するには観察と行動が必要。そして何かしらの発見がなければ上達もない。
その発見は色の組み合わせの人もいれば、形の人もいる。マチエールかもしれない。
その発見したものが、多くの人にたまたま共感を持ってもらえれば
仕事が増えたり人気が出るだけのこと。

一生答えは出ないし、一生悩みもモヤモヤも消えない。
一生に何かを発見しに彷徨わなくてはならない。
ジグソーパズルが1つ終わっても、また新たなジグソーパズルを始めざるをえない。
モヤモヤが消えたり、何かを発見をするワクワク感や悩みが無くなたり、
新しいジグーパズルに興味が無くなったらその時点で絵描きは終わっている。
という事は悩んでいる事を楽しめない人、
行動の伴わない人、選択ができない人は先に進めない。
30年絵を描いてきても、仕事はしていても、新人の人と何も変わらない。
人の絵をみる機会をいただいて改めて発見した。結局そういう事なのだ。

2014.03.01 Sat 村田涼平さんの原画を拝見

昨日はイラストレーターの会の総会で、歴史小説の挿絵や装画を描く村田涼平さんとお話させてもらい、総会の後で村田さんを含め7人でお茶をして帰ってきた。12月のギャラリーマヤさんでの個展の為に新聞用に描いた原画を持っているとの事で、みんなでねだってで拝見。ん〜〜凄過ぎる!一応プロ?の自分がプロだ(当たり前だけど)!と言葉に出さざるを得ない素晴らしさ。10cm位のサイズに緻密で繊細に描かれている。品格を感じる。新聞の挿絵は時間がないので、比較的簡単に描く方が多い中、「良い〜仕事してますねぇ〜」と思わず唸ってしまう凄さ。画像や印刷ではこの魅力は伝わらない。でも本人は納得いかない様子。村田さんも1回で色を決めてるのかと思ったら、色を薄く何回も重ねて絵を作るらしい。やはり深い色の為には手間は惜しんではいけない。
 4月には八重洲ブックセンターで展示、12月にはギャラリーマヤさんで初個展があるというので絵に興味ある方は絶対見逃してはいけません。これをただで観られるのですから。
TIS村田涼平さんのページ→http://www.tis-home.com/ryouhei-murata

2014.02.04 Tue 漫画とイラストレーション

実はこの数週間ちょっと落ち込んでいる。

東京イラストレーターズ・ソサエティ(TIS)という会で著作権の委員をしている関係で、先日、玄光社の「イラストレーション」が送られて来た。久々に手にしたこの雑誌で特集されているのは全て漫画家。既刊本で取り上げられているのも漫画家が多い。「イラストレーション」は自分が絵を目指そうと思い始めた頃にはバイブルのような雑誌で、その時代その時代の空気を持った注目されていたイラストレーターが取り上げられていた。イラストレーションの仕事は時代を反映するもの。今は小説も広告も漫画家が起用される事が多くなった。"Illusutration"とは?、僕らの仕事は"イラスト"じゃなく"Illustration"なんだとたまに話題になる。でも「イラストレーション」誌の表紙はいちばん的を得ていて英文のIllustrationのrationは裏にまたがり表紙はIllusto(イラスト)と読める。仕事をする人も作品もボーダーがなくなり、Illustrationやイラストいう言葉自身の解釈も大きく変わったんだなと感じた。

この号はイラストレーターや漫画家の中でも話題になったようで先輩方からツイッターで漫画家の江口寿史さんが話題にしていると聞き読んでみたけど面白かった。それに付随した氏が若い漫画家の絵を批判したという話題はさらに興味深く、江口さんにまだ世代の近い自分には彼のいう事は、一度彼と話して見たいと思うくらいとても共感できつつ、若い世代の方々のいう事も時代の中で、とても理解出来る事でもあり大きく時代が変わり、漫画もイラストレーションも時代の流れの中で変わった、変わらざるを得なかったとはっきり感じた。
上手くいえないけど20〜30年前の作家には固まりというか、芯というかその時代時代で確かに絶対自分には到達出来ないと思えるような有無を言わさない存在感と技術がある人がいて(実は今もいるのかもしれないが)、それは多分当時は技術や修練を積めば(もしくは楽しめる余裕があった?)、そこに依頼者が集中していつかは報いられるという希望やエネルギーを持てたのだと思う。今はなかなか大きな希望が持てないのと、良い味で以前に比べデビューはしやすくなったと思うので、ひとつの固まりが蜘蛛の子を散らすように広がり、依頼者もそれを一匹一匹捕まえている様なイメージだろうか。あとは時代とともに”面白い”という言葉の意味も変わって来た気がした。

いずれにしても時代が大きく変わったと肌で実感できたこの数週間。写実の絵は鉄砲の時代に刀で鍛錬しようというようなもの。時代が変わってしまったとはっきり実感出来た以上、自分の出来る事で時代とコミュニケーションをと取らないと只の自己満足に終わってしまう。言葉(絵)は違えど元を正せばどんな絵も本来コミュニケーション手段なのだから新たな言葉も学びつつ、自分が育った言葉で”対話”を出来る道を探さなくてはならない。